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大阪高等裁判所 昭和40年(ラ)183号 決定 1965年11月30日

抗告人 山田真二(仮名)

相手方 エドモンド・エス・デニムスン(仮名)

主文

原審判を左のとおり変更する。

抗告人を被相続人ウイルヘルム・エス・デニムスンの相続財産管理人から解任する。

理由

抗告人は「原審判を取消す。申立人の申立を却下する。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告の理由記載のとおり主張し、これに対する相手方の答弁の趣旨および理由は別紙答弁書記載のとおりである。これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

一、本件抗告が適法であるかどうかについて。

家事審判法(以下単に法と略称する。)第一四条によれば、家事審判に対しては、家事審判規則(以下単に規則と略称する。)中に、即時抗告を為すことができる旨の規定がある場合においてのみ即時抗告をもつて不服の申立をすることができる。右規定がない場合には、申立を却下する審判、または事実の実体について審判をすることができない場合にその前提についての判断を誤つてその実体について為された審判に対しては、俗にいわゆる違式の決定命令について民訴法第四一一条の規定するところに準じて、法第一四条所定の即時抗告をすることができるけれども、事実の実体についての審判の当否を争つて即時抗告その他の不服の申立をすることは許されないと解すべきである。

規則第一一八条により民法第九五二条および第九五三条の規定による相続財産の保存または管理に関する処分に準用される規則第三二条第一項によれば、家事裁判所は、何時でも、その選任した相続財産管理人を改任することができる。そして、規則中には、右改任の審判に対して即時抗告をすることができる旨の規定がないから、右改任の審判に対しては、それが俗にいわゆる違式の審判でない限り、即時抗告その他の不服の申立をすることはできない。しかしながら、原審判は、右のような相続財産管理人の改任の審判でもその選任取消の審判でもなく、その選任をした審判を取消す審判であることは、原審判の主文および理由の文理上明白である。ただし、右審判取消の審判が法第七条により家事審判に準用される非訟事件手続法(以下単に非訟法と略称する。)第一九条第一項によるものであるか、法または規則そのものの適用によるものであるかは原審判の文面だけでは明確でない。それが前者でありとすれば非訟法第二〇条により抗告をすることができるが、後者であれば、それがいわゆる違式の審判であるときに限り即時抗告をすることができること前述のとおりである。

本件のように、家庭裁判所が、相続人のあることが明らかでないことを理由として相続財産管理人を選任した場合において、右選任の公告も終り、管理人が相続財産の保存または管理に着手して後に至つて相続人であることが判明し、相続人が相続を承認したときは、家庭裁判所は、規則第一一八条によりこの場合に準用される同第三七条により、相続財産管理人の選任を取消すべきで、前記非訟法第一九条第一項により右選任をした審判を取消すべきではない。何となれば、非訟法第一九条第一項は、不当な裁判に対して即時抗告をもつて不服を申立つることができない場合に、即時抗告による抗告審の裁判に代る救済手段として、原裁判をした裁判所に対して、その裁判が形式的確定力を生ずるに至つていないときに限りその裁判の効力を裁判時に遡つて失効せしめまたは変更する措置をとることを許した規定であつて、相続人のあることが判明し且つ同人が相続を承認したことを理由として相続財産管理人を解任する場合のように、審判の不当を理由とする審判の取消ではないばかりでなく、審判の効力を審判時に遡つて失効せしむべきでない場合には、同法条による審判の取消または変更をすることは許されないと解すべきものであるからである。

また、前記規則第三七条によつて処分を取消すべき場合に、処分の取消に代えて処分をした審判を取消すことはできない。そのことは右法条の文理上明白である。殊に、本件のような場合には、管理人の選任の取消は、その解任に相当し、委任契約が解除その他によつて終了する場合と同様に、取消の効果に遡及効なく、管理人がその選任後選任取消までの間になした管理財産の保存または管理行為はすべて有効で、管理人はその間の報酬を当然受けることができるほか、委任終了の際と同様の権利義務を負うけれども、管理人を選任した審判を取消すときは、選任は当初から無かつたこととなり、その結果生ずる法律関係は、複雑難解なばかりでなく、公平妥当を欠くものとなるおそれもあるから、このような場合には、審判自体の取消は許されないものと解するが相当である。

以上のような理由で、原審判が非訟法第一九条第一項によつて審判を取消したものであるか、規則第三七条によつて誤つて審判を取消したものであるか、そのいづれであるにせよ、原審は法律上審判を取消す審判をすることができない場合に、このような審判をしたものであつて、原審判がいわゆる違式の審判に属することは明白である。よつて、この点を理由とする限り、原審判に対しては適法に即時抗告をすることができる。

そこで、抗告人が本件抗告をすることのできる抗告権者であるかどうかについて判断する。家事審判に対する通常の即時抗告権者は規則等によつて指定された者に限られる(法第一四条)。

しかしながら、本件抗告は、前述のように、いわゆる違式の審判に対する抗告であるから、その抗告権者は勿論規則中に規定されていない。

しかし、法第一三条の趣旨から推測すれば、この場合の即時抗告権者は、審判を受ける者即ち審判によつて自己の権利義務に直接の影響を受ける者、(俗にこれを審判の実質的名宛人と称し、その形式的名宛人即ち審判書に記載された名義上の当事者から区別する。)であると解すべきである。そして、申立人が右実質的名宛人である場合に限り、申立人はいわゆる違式の審判に対する即時抗告権者となるが、申立人が審判の実質的名宛人でないときには、たとえその形式的名義人であつても、違式の審判に対する即時抗告権者ではないと解すべきである。

本件の場合について判断するに、本件抗告は原審判が違式の審判であることを理由とするものと解することができるところ、原審判は抗告人から相続財産管理人としての地位権限を剥奪するものであるから、その実質的名宛人は抗告人であつて、右審判に対する即時抗告権者

も抗告人である。神戸駐在英国領事は、本件の管理人選任の申立人として、右審判の告知を受けたかも知れないが、実質的にも形式的にも右審判の名宛人ではないから、右審判に対する抗告権者ではない。この点に関する相手方の答弁理由は採用できない。

よつて本件即時抗告は適法であつて、原審判は取消を免れない。

二、本件の本案について。

記録によれば、本件の経過はつぎのとおりであることを認めることができる。即ち、英国国籍を有するウイルヘルム・エス・デニムスンなる者が、昭和三九年一二月三日神戸市内星海病院において死亡し、日本国内において不動産、銀行預金、証券類、現金等多額の遺産をのこしたが、その遺言書が発見されず且つ当時相続人のあることが明らかでなかつたので、右死亡者が生前所有していた財産であつて日本国内に所在するものについて、神戸駐在英国領事ジェームス・ヘンリー・カランから右死亡者の最後の居所(神戸市葺合区青谷中島通一丁目二六番地)の管轄家庭裁判所である原審に対し相続財産管理人選任の申立があつたので、原審は昭和四〇年一月一二日右申立人を審判の形式上の名宛人として、抗告人を右相続財産管理人に選任する旨の審判をなし、その旨の公告をした。その後同年三月二三日相手方から原審に対して、相手方が前記被相続人と父を同じくし母を異にする半血兄弟であつて、被相続人の唯一の相続人であることを理由として、抗告人を相続財産管理人から解任し、相続財産を相手方に引渡すべき旨の審判あらんことを求める旨の申立があつたので、原審は審判期日を開いて相手方および抗告人に弁論、証拠の提出認否等を為さしめ、証人等および申立人本人を審問した上、相手方主張の相続関係を認めて原審判を為したものである。

外国人が日本国内に財産を遺して死亡し、相続準拠法を適用した結果被相続人について相続人たるべき親族その他のものが見当らない場合において、そこに遺された被相続人の財産をいかに処理すべきかについては、法例の解釈としては、事案を相続問題と見ないで、むしろ無主の財産の処理に関するものとみて、その準拠法はもつぱら財産所在地法であるとするのが相当である。原審が本件相続財産について民法、家事審判法および家事審判規則に基いて相続財産管理人を選任し、相続財産の保存および管理を為さしめたのは、右法律上の見解によれば相当である。抗告人主張の明治三二年七月八日司法省令第四〇号第一条は外国人死亡の場合の応急措置に関する規定であつて、相続人のあることが明らかでない場合の規定ではないので本件の場合には適用がない。相続財産管理人の選任についての適用法規が前述のとおりであるとすれば、右被相続人および相続財産に関する相続準拠法により相続人に該当する者が発見された場合において、相続財産管理人を解任し同人による相続財産の保存および管理を終止させる処置についても、これに適用すべき法律は、管理人の選任の場合と同様に、実体関係については日本民法であり、証拠法を含む手続法としては家事審判法、家事審判規則、非訟事件手続法である。本件の証拠法として、被相続人の本国法または各証拠の作成された土地の法律即ち英国法または印度法が適用される旨の抗告人の主張は採用できない。

本件の相続について相続人があるかどうか、相手方が相続人であるかどうかについては相続準拠法によつて定めねばならない。そして、相続準拠法に関しては、法例第二五条によれば、相続は被相続人の本国法によることになつているが、本件被相続人の本国法たる英法によれば、不動産物権(real estate)の相続は当該物権の所在地法が適用され、人的財産(personality)即ち不動産物権以外の権利の相続は被相続人の死亡時の住所地法が適用されることになつているので、本件各不動産の相続については法例第二九条により日本民法相続編が適用され、その余の財産の相続については、特別な事情がない限リ、被相続人の死亡時の住所地(domicile)の法令が適用される。本件の場合、被相続人の死亡時のいゆゆる住所地が日本であるか香港であるかは、にわかに決し難い問題であるけれども、本件に関し相手方から原審に提出した証拠資料によれば、相手方は本件被相続人と父を同じくし、母を異にする半血兄弟であることを認めることができるところ、この場合、日本民法によるもまた英法によるも、本件被相続人および本件相続財産に関し半血兄弟より先順位の相続人がないとすれば、相手方は本件相続財産の相続人に当るわけである。右事実認定に対する抗告人の異論は独自の見解であつて肯認し難い。相手方提出の甲第一一号証は事実認定の一資料に供したに過ぎないので右証拠に対する抗告人の非難は当を得ていない。

民法第九五六条によれば、相続人のあることが明かでない相続財産に関して家庭裁判所が選任した管理人の代理権は、相続人のあることが明かになり、その相続人が相続を承認した時をもつて消滅する。この場合には、前述のように、規則第三七条を準用して、家庭裁判所は相続人その他の利害関係人の申立によつて管理人の選任の取消、即ち管理人解任の審判をしなければならない。本件の場合においては、前認定のように、相手方が本件相続財産の相続人であることが判明し、且つ相手方は相続承認の意思を表明して、管理人を選任した原審に対して管理人解任の申立をしたのであるから、原審は直ちに抗告人を右管理人の地位から解任する旨の審判を為すべきものであつて、その際右解任審判の先決条件として、相手方より先順位の相続人があるかどうか、または相手方が唯一の相続人であるかどうかについて調査する必要はない。何となれば、民法第九五八条の二の趣旨に徴すれば、相続人のあることが明らかでないために家庭裁判所が相続財産管理人を選任した場合には、その家庭裁判所は、相続人である権利を主張する者のみについて真実相続人であるかどうかを調査し、知り得たる範囲では同人が相続人であると認められるときは、他に相続人があるかどうかを調査することなく、同人に対して相続人としての権利を行なわせることができると解することができるからである。

この点に関し、抗告人は、原審に提出された証拠をもつては、相手方が最先順位の相続人であるかどうかおよび唯一の相続人であるかどうかを判定することはできないから、その点が不明確なままの状態で相手方を相続人と認定した原審判は審理不尽かまたは理由不備の違法がある旨の主張をしているが、前述のような理由で、にわかに右主張に賛成することはできない。当裁判所の見解としては、前述のように、原審で提出された証拠に徴し、相手方が本件相続財産の相続人であることを認めることができるところ、相手方は相続を承認して抗告人を管理人から解任する旨の審判あらんことを申立てているから、抗告人を管理人から解任すべき要件は既に完全に具備していると認める。

三、結論

結局、原審判に、「当裁判所が当庁昭和四〇年(家)第八号相続財産管理人選任申立事件につき、昭和四〇年一月一二日なした『被相続人ウイルヘルム・エス・デニムスンの相続財産管理人に山田真一を選任する』旨の審判はこれを取消す。」とあるのは、「抗告人を被相続人ウイルヘルム・エス・デニムスンの相続財産管理人から解任する。」と変更すべきものである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 乾久治 裁判官 長瀬清澄 裁判官 岡部重信)

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